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木と漆 万緑 (木工)

Q1
福井県福井市で制作をする「木と漆 万緑」さん。
「工房からの風」には、どのような作品を出品されますか?

A1
挽物(ひきもの)という技法を用いて作った木地人形を出品いたします。
白漆や生漆にて、木目を生かした拭き漆という技法で仕上げ、色漆で顔を描いています。
人形の胴体部は空洞になっており小豆を入れています。
振るとシャカシャカと音が鳴り、樹種によって異なる音色や質感を感じていただけると思います。
また、押すとゆらゆらと体を揺らします。
音や揺れで、もの言わぬ物たちの声や動きを表しています。

私が木地人形を作り始めたきっかけはコロナ禍でした。
ちょうど育児中だったため、こどもたちと家の中にこもる日々が続きました。
不要不急という言葉について嫌でも考えることになり、何が大切で何が不要なのかを自問自答しました。
唯一確かなことはこどもたちの存在が何よりも大切だということでした。
そして、存在そのものに価値があるものを作ってみたい、私にそれができるのかと強く思うようになりました。

そんな思いを抱え、幼いこどもたちを日々眺めてできあがったものがこの木地人形たちでした。

また、幼少期に山間の田舎で育ったこともあり、自然はとても身近な存在でした。
木の実や草花などを小さな掌の上にのせては眺めていました。見つめていると胸を締めつけるようなときめきを感じました。
その頃の気持ちを形にしたものが、掌におさまる小さな木地人形です。

万緑(ばんりょく)という名前は、夏の季語に由来しています。
万緑とは夏の野山が見渡す限り緑になった光景の描写です。
梅雨が明け、夏にさしかかる頃にはやわらかい若草色だった野山が青々とした緑に変わります。その瑞々しさと力強さを木は持っているということを忘れないためにつけました。
木という素材を自然からいただき、生かせるようになるためのみちしるべとして名づけました。

木と漆の美しさが生活の中に潜むよう、ただ愛おしい存在になることを願って製作しています。

Q2
木と漆 万緑さんが、工房で大切な、あるいは象徴的な、あるいはストーリーのある「道具」について1点教えてください。

A2
挽物の修行を終え、独立する際にお世話になった工房の師匠が誂えてくださったまな板です。
木を鉋で削るための作業台のことを挽物の世界ではまな板と呼びます。
このまな板は、栃の木の縮み杢が美しい厚みのある一枚板です。
本来なら作品用として取り扱われるほどの貴重な板を贈ってくださいました。

道具や鉋屑に埋もれるまな板を掃除する度にこの縮み杢が浮かび上がり、その美しさを眺めて製作できることのありがたさを日々感じています。

師匠から教えていただいたものは、経験や技術だけでなく、ものを大切にすることや、人と人との繋がりの大切さを教えていただいたのだと思います。

Q3
木と漆 万緑さんのお手持ちの「工藝品」で愛用、または大切にされているものついて1点教えてください。

A3
挽物の修行時代に古道具店で出会った木彫のちいさな仏様です。
工藝品ではないのかもしれませんが、私が木地人形を作る原点にあるものだと思っています。

古道具は好きですが仏像などを蒐集する趣味もなく信心深い方でもないのですが、お店でこの仏様を見た時にとても清らかな気持ちになりました。
思えば物に対して敬意を強く感じたのは初めての経験だったように思います。
それ以来、この仏様の前では姿勢を正し、手を合わせて一礼するようになりました。
この仏様に対して専門的な知識がなくとも、自然と心が正される力を持っていることに驚きました。
このことを通して、物が持つ力を信じるようになりました。
まだまだ道のりは遠いのですが、これからも物が持つ力を信じて作り続けていきたいと思っています。

木と漆 万緑さんが大切にされているまな板のお話し。
とても深い想いを感じられますね。

皆さんから教えていただくもの、どれもが専門の道具で、その道具があってこそ、美しいものが生まれてくる。
使い手はその道具に直接触れることはないけれど、作り手が大切にしている心に触れるのは豊かなことと思います。

コロナ禍の中から制作の核を熟考し、辿り着いた木地人形。
その姿の奥には、万緑という美しい季語にこめられた想いをはじめ、木と漆 万緑さんの万感の想いがこめられているように思います。

木と漆 万緑さんの出展場所は、ニッケ鎮守の杜に入って、右手に添って歩いた先。
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また、今展スペシャル映像にも登場していますので、こちらもぜひご覧くださいませ。
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